平井智美(ひらいともみ)/生きづらさ回復☆母性専門カウンセラー・コーチ
1966年11月生まれ 熊本県出身・熊本→東京→宮崎市在住(夫、子ども、私の母)
これまで私が学んできたこと。
・感情解放カウンセリング
・苫米地式コーチング
・マクロビオティック
・アロマセラピスト
・リフレクソロジー
・エステ(顔)
・整体
・気功
・フラワーアレンジメント
・生花
・珠算
・性格診断、相性診断
・精神分析(医師の講座)
はじめまして、平井智美です。
子ども4人のお母さんで、6人家族です。

私はこれまでの10年間(2022年にこの記事を書いています)、アダルトチルドレンの方や機能不全家庭で育った方、愛着障害をお持ちの方を対象にカウンセリング、コーチング、カウンセラー養成講座を続けてきました。
11年目に入り、現在は、
20以上の職種を経験、自身の人間関係の悩みを改善してきたこと、4人(長女、長男、次女、次男)の子どもの子育て、母と夫を正しく理解し自分自身が楽になり、機能不全家庭、アダルトチルドレンの家庭の改善方法を構築したこと、月に100回〜のカウンセリング、10年間で約1,000名の方へのカウンセリング経験を活かして、
・母親に話を聞いてもらったことがない、相談をしてもまともな返事をしてもらうことがなかった
・親に愛されていると感じたことがない
・周りの人のお世話をすることが多く、自分のことはいつも後回しだった
・お店に入ったり、列に並ぶと急に人が集まってくる
・どこにも自分の居場所がないと感じている
・楽しい、嬉しいなどの感情が分からない
・夫が家事や子育てに協力しない、お願いしても逆ギレされる
など、子どもの頃から「親と立場が逆転していた人」「親の世話をしなければならなかった人」「精神的に親より大人だった人」が、大人になってもなお生きづらいとお悩みの女性を専門にカウンセリングを行っています。
私の得意とするところは、クライアントさまは、親や育った過程、家庭環境、悩みも違うためお一人お一人に合わせたカウンセリングができることです。
また、私の活動コンセプトは「日本に大家族文化を戻す」がテーマで、次のような価値観、考えを元にカウンセリングをしています。
⚫︎子どもは宝、子どもは小さな頃から大人をよく見ている、子どもが天才
⚫︎親の役割を知って、子どものために行動できる親になる
⚫︎子どもが安心安全な家庭をつくる
⚫︎7世代先の子どもたちのことを考えて現在どうするか考え行動ができる
⚫︎親が子どもを大切にするなら家族が仲が良くなる、家族が仲がいいなら大家族の中で子どもを育てるのが親にとっても子どもにとっても幸せなことである
ですから、逆に私が大切にしているこの考えや価値観に合わない人のお申し込みは受けつけておりません。
私が子どもの頃を思い出すと、ほんとに安心感がない家庭でした、母親の顔色を見て、母の期待に応えようと必死で頑張って、気づいた時は何もかもうまくいかない人生を歩んでいました。
あの時の子どもの私、そして、今、親が親の役割もしない家庭の中で不安や寂しい思いを抱えてどうにかこうにか頑張って生きている子どもたちの事を考えると、
大人や親になった私たちは、もういい加減、今を生きている子どもたちの事を必死に、真剣に考えなければダメだと思っています。
ですが、「自分の役割や責任を果たさな大人や親(50%の人と言います)」は、絶対に自分は悪くない、子どもがおかしい!と認める事はしません。
(以後、50%の人=自分の役割や責任を果たさない大人とします)
私の人生、いつも周りに「50%の人」がいて、頑張っても頑張ってもエネルギーを盗られるばかりで、精神的にも肉体的にもクタクタになっていました(気づいていませんでしたが)。
特に、夫と23歳で結婚してからというもの、自分の事しか考えない見た目は大人、中身は子どもの「50%の夫」と暮らすため、私も子どもたちも疲れ果て、ヘトヘトになっていったのです。
生まれて55年、結婚して30年、私が、母と夫との間で悩み苦しんできた理由は、母は私(子ども)を育てることに関して50%の人(で、夫は夫として父親として50%の人だったからでした。
50%の人と一緒に生きると、周りの人の人生はボロボロにされます。
ですから、50%の人たちの事をよく知って、「離れる」「こちらの行動や言動を変える」などの対処方法を早く知って、自分と自分の人生を一日でも早く取り戻していただきたいと思います。
それが、50%の人がいつも周りにいる生きづらいお悩みの改善になります。
それでは、私のこれまでの過去を振り返り書いてみたいと思います。
私がカウンセリングを受けることになった理由

私が40歳の時に嫁ぎ先の会社が倒産しました、倒産後、いくつかの会社に勤め、その中にカウンセリングを受けるきっかけとなった会社がありました。
その会社で、言いたいたいことを言っていいのか悩み、言いたいけど言えない、言ったほうがよかったのに言えなかった事でそれまでの人生で一番悲しく悔しい思いを経験しました。
その経験をした数日後、その会社で休みもなく睡眠も取れずに仕事をしたことも重なって、身体が動かなくなりました。
そして、その時に「私の中には、これからの人生をどう生きたらいいのか、もう何にもない、何も出て来ない」と思ったのです。
身体が動かなくなった時、泣きたいと思っていないのに勝手に涙が次から次へと出てきました。母に子どもの頃から泣くなと育てられ、ほとんど泣いた事がなかった影響だと思っています。
でも泣いてもいられないんですよね、その時一番下の子はまだ4年生でしたから。
そして、じっとしていられなくて「なぜ、こんなことになってしまったのか!?何か理由があるはずだ!」とパソコンを開いて探し始めました。
初めてカウンセリングみたいなものを探すものですから分からない事が多くて、最初は自分に合わないセミナーやカウンセリングを受けてたくさん失敗をしました。
失敗を重ねた事でどういう人に受けたらいいか分かり始めて「普通の家庭で育った人のことを教えてくれる」カウンセラーにカウンセリングを受け始めました。
その時に、それまでの悩みと経験が全て親子関係に原因があることを初めて知りました。
そして、私は「感情」という言葉も認識しておらず、感情が分からない状態になっていたこともその時に分かったのです。
それでは、私の親子関係と私の感情が分からなくなった理由をお話ししたいと思います。
親と家庭環境

私の父は私が小学生の頃に倒れその後寝たきりの生活になりました。両親は私の同年代の両親よりずっと歳上で戦前戦後の時代を生きてきた人です。
その両親に遊んでもらったり会話をしたり、夕飯を一緒に食べるなど親子、家族らしい経験がほとんどありませんでした。
父はいつも酔っ払っていて私には優しく楽しい人でしたが、子どもの私が世話をする人でしたので、父親ってなんだろうと疑問をずっと持っていました。
(父親の役割がしっかりしている家庭は、子どもは自分の事に集中し自分の可能性を伸ばせます、家庭外や社会に出た時にそこにいる男性と良好な関係を築く事ができます。)
母は、母が9歳の時に両親が亡くなり、祖父母はいましたが男性社会の奉公先に奉公に出され祖父母のために9歳から竹を扱う重労働の仕事をして厳しい子ども時代を過ごしました、小学校も出ていません。
その奉公先で子ども時代を過ごした母は仕事と家事に完璧主義、自分にも私にも厳しく、私を育てる中で感情の起伏が激しく感情的に私に辛く当たっていました。
私が友達と遊ぶのも母の許可が必要で、母が気に入らない友人と遊ぶのをとても嫌いました。私が楽しいことをしていると機嫌が悪くなっていました。
母はいつも悲しそうな辛そうな雰囲気で、母から聞く話は誰かの悪口や自分の幼少時の大変さや悲しかった話しでした。今でも私の話を聞くことはありません、できないと言ったほうが正しいかもしれません。
母は子どもの頃に溜まった感情を私を育てる事で私に吐き出してきたのでしょう、本当にどうしようもないほど感情的になり話も気持ちも通じない人でした。
母が親との家庭生活を経験できなかったこと、夫を頼れなかったことで子どもの私を精神的に頼り、無意識で母の母親がわりをさせていたのでしょう。
(9歳から両親がいなかったのですから、いつもどこかで親に助けてと思って生きてきたのでしょうね、母の気持ちは今はよくわかります)
こういう家庭環境と母が私の話を聞かない、母の話を一方的に聞かせる、家庭での会話がない、感情的に母が怒る、母から身動きも取れないような抑えつける子育てをされた事、父親との会話もなかったことで、人生をどう生きていいかも、感情も分からなくなっていたのです。
また、私は親は家事と仕事だけしていたら立派な親と思っていたのですが、その考えは間違いだったとカウンセリングを受けていく中で気づきました。
親の役割は家事や仕事以外で大切な事がいくつもあるのです。
親の影響を受けた人生だった
覚えているのは保育園の頃から大人の様子をうかがっていたということ。
そして、何かよく分からないで生きているという感覚を子どもの頃から持っていました。
小学校の頃は家の中にいるよりも学校に行けることが嬉しく、頑張らないといけない(認めてほしい、褒めて欲しいからの行動でした)と小学生の時にはすでに思っていたため、中学校までは積極的に運動会の応援団をしたり、委員も自分からするような子どもでした。
また、卒業式などで同級生の女の子が泣いているのを見て不思議に思っていたことがありました。
母から、そのくらいで泣くなといつも言われていたので、小学生の時には感情が分からなくなっていたのでしょうね、自分だけ泣いていないものですから「泣かないといけないんだ」と泣いたふりをした時もありました。
高校生になったら自分が疲れていることを何となく感じていました、母親との関係で悩み、たくさん食べることもできなかったので体力もありませんでした。
学校生活を頑張る気力もなくなっていました。
親子関係が悪いと、中学生までは成績がトップクラスだったのに、高校ではどんどん成績が悪くなって力尽きる人も少なくありません。

高校卒業後、母は私に夜も働いてお金を家に入れるように回りくど〜く言います笑
そのため朝から夜中まで仕事をしていた時期があり、働いたお金を母に渡すと母が喜ぶので、それが嬉しくて仕事に行くのも苦ではありませんでした。
私は母の働き方を見て育ったこと、母から「寝ずに仕事をするのは当たり前」と言われ育ったため、
母の言葉を信じ、結婚してからも子どもを産んでからも嫁ぎ先が倒産するまでの約15年間、倒産してからの数年間、睡眠も取らずに仕事をしてきました。
一番眠れなかった時は、次女がお腹にいて出産する前の3ヶ月間睡眠時間2〜3時間で仕事をしていました。
それでもまだ、他の人はもっと仕事をして家事もして頑張っているのだからもっと完璧に頑張らないといけない、母と同じように寝なくても朝早く起きて仕事ができるようにならなければいけないと思い、できない時はよく自分を責めていました。
また、一番親の影響を受けたのは、自分の人生は自分で決めてはいけないということでした、母が自分が育てられた価値観で私を育てたのでしょう、母の思うように私が動かないと気に入らない感情をぶつけ、母の思う範囲から出ようとするとその範囲の中に戻されていました。
高校からは、その範囲から出ようと必死で母と闘うこともありましたが、親の影響は大きく、知らず知らずのうち母がつくった私と、人生で生きていたのです。
その母がつくった私で社会人になり仕事をしてましたが、何をしてもどこにいても居心地が悪い、人との関係がうまくいかない、何か分からないけど生きるのがしんどい、結婚してから、子どもを育てるようになってからは更にその思いが強くなっていました。
そして、その結果「どう生きていいか分からなくなり」カウンセリングを受けることに繋がっていったのです。
感情と自分を取り戻してみたら

カウンセリングを受け感情解放を続け、私は自分の感情を少しずつ取り戻す事ができました。
感情がわかるようになったのと同時に、親子関係が良好な家庭の事が分かるようにもなり私自身も家庭も穏やかになっていきました。
その時思ったのが生きるのって「こんなに楽なの?」という事でした、この気持ちは私の子どもたちも同じで「親子関係が良い人たちは子どもの頃からこんなに普通に楽に楽しく過ごしているんだね」って言ってました。
感情的になる人もいない、楽しく会話をしながらご飯を食べることができる、争い事が起こらない、穏やかな毎日が過ごせるようになりました。
今でも時々「毎日平和だね、幸せだ〜」と言ってます笑
そして、感情を取り戻しながらそれまでの悩みの原因も分かり、自分のことも分かるようになっていきました。
私の大きな悩みは「人間関係」(夫婦関係、友人関係、子どもとの関係、職場での人間関係)と、子どもの頃から考えていた「自分は何をするために生まれてきたの?それを知りたい」この2つだったのですが、
人間関係の悩みは、岡田ユキ先生の「岡田式AC判別法」と、哲学博士の出口光先生が開発された「四魂の窓」を学んだ事で解決しました。
この2つを知った時、私はそれまでの自分を救ってもらえたと思いました。
嬉しくて嬉しくて飛び上がりたい気分でした笑
今は岡田ユキ先生の判別法は一般に使えないため、私がこれまでカウンセラーとして活動してきた10年間の経験を元にして「基準判別法」をつくりました。
この「基準判別法」と「四魂の窓」を知ると人間関係で謎に思っていた事が解決し、人間関係がとても楽になります。
そして、私の悩みだったもう一つの「自分は何をするために生まれてきたの?」ですが、
これは、私がカウンセリングを受けながら、自分のことも分かるようになって「こんな自分で生きたかったんだよな〜」と思っていた自分に少しずつ近づいていくのと同時に「このカウンセリングの仕事、私にもできるかもしれない、やってみたい」と思い、
その後、当時カウンセリングを受けていたカウンセラーのカウンセラー養成講座を受けて「あぁやっと自分ができること、分かることを仕事にする事ができたのかもしれない」と確信し、その悩みが消え安心した事を覚えています。
私がカウンセラーを仕事にできると思った理由は、受けていたカウンセラーのカウンセリングの内容が私の悩みの問題解決をするのにピッタリだったという事でした。
・感情が分かるようになる感情解放
・人間関係の悩みを解決するための岡田式AC判別法と四魂の窓
・親子関係が良好な家庭の話し
この3つを元にして私は自分と自分の人生を取り戻していきました、それでも、残った悩みがありましたので、それは自身で考え私の夫と母との間で試行錯誤しながら親子関係、夫婦関係、そして子どもとの関係の改善方法を構築しました。
おかげさまでカウンセラーになり10年目を迎えることができました。
自分の悩みを解決し、どう変化していくか、どのような方法で改善していくかが分かった事でカウンセラーの仕事ができたのだと思います。
カウンセラーとして活動する中で

カウンセリングの仕事をしてたくさんのクライアントさまと出会って、色々な事が分るようになりました。
その中の3つをお話しすると、
・日本中、親の役割ができない親が多い?
・日本の多くの女性が栄養不足、鉄分不足だということ
・家庭での食事が炭水化物、糖質中心の食事でタンパク質が摂れない人が多い、甘いお菓子や菓子パンを好んで食べているということ
一つ目の日本中、機能不全家庭多いんじゃないの?と思う理由は、クライアントさま以外で色々な人たちと会って家庭の話を聞いてきたのですが、
その方たちの話を聞くと親は何も問題はない自分は何も悪くないと思っているのですが、子どもの方はそうは思っていないのです、とても生きるのがしんどそうな状況でした、でも、親は認めようとしないんですね。
大小の違いはありますが、親の機能が果たされていない家庭はものすごい数になると私は思っています。そのため、子どもたちがこれ以上大変な思いをしないで済むように、親の役割の話を伝え続けていきたいと更に思うようになりました。
二つ目の栄養不足、鉄分不足についてですが、これは三つ目のタンパク質が摂れない状態になっていることと関係しています。
よく調べてみると分かりますので、是非一度ご自身で何が身体に必要か調べてみてください。
本来、摂った方が良い食事を摂っていない事で脳や身体の機能にも影響しています、そのため人生が思うように進まない事にも繋がりますので。
三つ目の食べているものについてですが、これは家族の世代連鎖、親子関係が関係しています、家庭の食事は母親が主に作っている家庭が多いと思いますが、母親が食材、調味料を選択して作っています。
そして、それを食べ、作るところを見て育った子どもは母親と同じように食事をつくります。
この食事が身体と心に大きく影響を及ぼします。
その事に気づいてから私は人の身体と栄養の勉強も始めました、そして、私の家庭でも実践したことで私も子どもたちも身体と心が楽に元気になっていったのです。
この経験から必要な方には食べ物のお話もお伝えするようにしています。
※まだ作成途中になっています。少しずつ書いていますので、時々覗いていただけたら幸いです。